うそをついた絵

本棚から『絵筆とリラと』(松尾孝司 西日本新聞社 1998)を手にとって読み返してみました。西日本新聞社の松尾孝司氏による織田廣喜氏の聞き書き。

様々な仕事、様々な人々との出会い。戦前から戦後にかけて、貧しい中を、たくましく生き抜く、若き日の織田氏のエピソードを聞いていると(読んでいると)、その出来事の中心に、いつも織田氏の絵への強い情熱があることが感じられました。リラ夫人との二人三脚の歩みからは、愛し合っている二人の関係が、静かに伝わってきます。

「どんな絵がいいか、と言われると、うそをついた絵のほうがいいですね。いい意味のうそ。誇張、デフォルメですね。」そう織田氏は語ります。また、女性の顔を描く話題の際に「自然の中に顔がある。それを写生することです。モチーフがなくて描けない、とは言えません。モデルを見て描くより板切れを見て描いたほうがいい絵になるかも知れません。」ともおっしゃっています。
見たままを描くのであれば、技術を磨く努力をすればある程度描けるかもしれません。でも、そこにどれだけの「うそ」が描けるか…。それはその人の経験、どれだけのものをどんな風に見てきたか、が表れるということ。それは本当は「うそ」ではなくその人にとっての真実。

あとがきの松尾氏の言葉が心に響きました。
「織田さんの絵に向き合うと、そこにひたすら生きる人間と向き合うことができる。それが絵の魅力である。」
近いうち、また織田廣喜美術館に絵を見に行こうと思います。



訃報
http://www.city.kama.lg.jp/odahiroki/?info=%E8%A8%83%E5%A0%B1
by nogataartmuseum | 2012-06-06 12:32 | スタッフのひとりごと