石炭の時代展(5)暗黒の地底で働く 炭坑労働者たちの生きざま

千田梅二氏の木版画もご覧いただけます。

地下戦線(創刊号、2号、4号) 1953(昭和28)年
サークル村(創刊号) 1958(昭和33)年
上記冊子の表紙となった千田梅二氏の木版画
炭坑仕事唄板画巻 千田梅二 1956(昭和31)年
女坑夫 千田梅二 1956(昭和31)年 木版・紙
すべて田川市美術館蔵

千田梅二(1920-1997)氏。富山県生まれ。千田氏は子どもの頃から、民芸や絵画に関心を持っていました。20歳のときに画家中川一政に師事しましたが、間もなく召集され、中国で終戦を迎えることとなりました。復員後、福岡県遠賀郡水巻町の日炭高松第一坑で採炭夫として働き、そこで後に記録文学作家として知られる上野英信氏と出会います。「労働藝術」、「地下戦線」、「サークル村」など、上野氏が編纂する文芸機関誌の表紙を制作しました。
当時は、戦後の人手不足から、様々なバックグラウンドを持つ人々が炭鉱に流れ込み、日炭高松においては、そうした人々の交流が、文学、文化運動を通じて行われていました。千田梅二氏と上野英信氏の出会いもそんな中で生まれました。
本展に出品している「炭坑仕事唄板画巻」(1956年)は、千田梅二氏が、明治以降、歌い継がれてきた数ある坑内唄からいくつかを選んで板画にしたものです。これは1990年に復刊されています。そこに記された千田によるあとがきから、彼の作品への思いを読み取とることができます。

暗黒の地底でキャップランプの光をたよりに、炭塵で黒く汚れ、汗にまみれて働く坑夫の人々の素朴で善良な生きざまが、私のような新参者の坑夫としての浅い経験からしても、ますます共感と共鳴の土地柄となって行くのであった。昼も夜もなく暗黒の地底で働く坑夫の姿に不思議な魅力が湧き上り、また遠賀川の右に左に聳(そび)えるボタ山は坑夫の血と汗を吸いつくして成長し、日一日と高くなってゆくその姿に、何か十字架のような、尊厳さえ感ずるのであった。
われわれ坑夫たちの血の滲む労働と犠牲によって、人間が作った山である。これらの景観を大事なものとして写生して残しておきたいと思うのであった。~(中略)~
日炭高松で働いていた上野英信さんとの出会いは、私にとっては重要なめぐり合わせであった。『労働藝術』『地下戦線』『せんぷりせんじが笑った!』『ひとくわぼり』と、一緒に仕事をしたことは、闇に輝く光を見、闇によって輝く光を見た思いがする。上野さんと私にとっては、情熱溢れるかけがえのない記念すべき作品が生れたと思う。


ちくネットのHPから千田氏の「女坑夫」をご覧いただけます。
「女坑夫」千田梅二 1956年 木版、紙
西日本新聞朝刊 「美術館モノがたり 筑豊3館収蔵品から」平成28年3月19日(土)掲載分
http://chiku-net.sub.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/1211/
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by nogataartmuseum | 2016-05-03 15:57 | 企画展