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本日5月31日(火)より電話ボックス図書館が開館します。

アートスペース谷尾内にある小さな旧電話ボックスの中に、直方谷尾美術館が収蔵する絵画作品と作品のテーマに合わせて選書された本が展示されます。

展示期間と展示される作家さんは、それぞれ
①5月31日(火)~6月19日(日)まで 石橋幾代、是澤清一、山喜多二郎太
②6月21日(火)~7月10日(日)まで 大津英敏、野口忠行、山喜多二郎太
③7月12日(火)~7月31日(日)まで 高椋眞一、日野耕之祐、山喜多二郎太(敬称略)
となっております。

1期目は、『魚と花と風景』というテーマから石橋幾代、是澤清一、山喜多二郎太の作品が展示されるとともに、本を電話ボックスの中から選んで読むことができます。また、アートスペース谷尾内にはレストランぼーのが併設されており、そちらでお茶を楽しみながら読書もできますよ。

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【電話ボックス図書館のご利用について】
■展示期間 5月31日(火)〜7月31日(日)
■開館時間/9:30~17:30
■会場 アートスペース谷尾 (福岡県直方市古町10ー20)
■入館料/無料
■休館日/毎週月曜日(祝日の場合は開館)
*各期間の最終日(6月19日、7月10日、7月31日)は電話ボックス内の絵画作品の入れ替えに伴い、15時より観覧ができません。あらかじめご了承ください。


また、電話ボックス図書館のホームページを開設しました。下記のURLから電話ボックス図書館の詳細がご覧いただけます。
http://telboxlibrary.tumblr.com/
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by nogataartmuseum | 2016-05-31 13:02 | NEWS

集まりました

先日より募集をしておりました「顕微鏡」についてのお礼とご報告です。

ブログやフェイスブックなどの文明の利器と、皆様の暖かいご支援から10台の顕微鏡を集めることができました。集められた顕微鏡は、展覧会「街は大きな図書館 手触りのある日々」(会期7月1日(金)~9月19日(月・祝))の中で活用されます。

皆様方の温かいご支援に、あらためて心より厚く御礼申し上げます。
なお、期限前ではありますが、これを持ちまして顕微鏡の募集を終了いたします。
「街は大きな図書館 手触りのある日々」の会期まで一月をきりますが、乞うご期待下さい。
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by nogataartmuseum | 2016-05-27 16:45 | 募集

先ほど作品を次の通り一部入れ替えました。

島津輝雄さんの作品4点を、島津さんの別の作品4点と入れ替えました。
麻生浩平さんの作品4点を、麻生さんの別の作品4点を入れ替えました。
森田秀樹さんの作品1点を、森田さんの別の作品2点と入れ替えました。
野見山朱鳥さんの作品1点を、追加しました。

野見山朱鳥(1917-1970)さんは直方出身の俳人で、本展では、彼が計画、編集した炭鉱俳句集「燃ゆる石」を展示しています。本句集には全国炭鉱俳人から募った1万5千余句の中から、3千4百句が選ばれ掲載されています。復刻版を展示していますので、是非手にとってご覧下さい。
野見山朱鳥さんは実は多くの絵も遺しています。今回の展示替えで、彼の描いた絵の中からボタ山を描いたものを一点追加展示しました。俳句集とあわせてこちらもご覧下さい。
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by nogataartmuseum | 2016-05-15 18:36 | 企画展

坑内の自然発火密閉(昭和36年3月)
山近剛太郎
1987(昭和62)年
油彩・画布
91.0×116.7cm
宮若市石炭記念館

山近剛太郎(1902-1990)は、1926(昭和元)年に貝炭鉱に入社。現場の指導、監督にあたり、後に貝島の重役として、特に防災体制の確立に貢献しました。
若い時から絵に関心のあった山近は、1947~49年頃、福岡で画塾を主宰していた創元会会員の洋画家・手島貢(1900-74)の下で学んでいます。
山近が本格的に炭鉱記録画に取り組むのは1970年、福岡県の直方市石炭記念館に飾る絵の依頼を受けたのがきっかけ。その後、宮田町石炭記念館(現・宮若市石炭記念館)の開館に伴う炭鉱記録画の作成にも関わり、油彩画の大作をいくつも手がけました。
本展に展示している「坑内の自然発火密閉(昭和36年3月)」は、昭和36年に坑内で自然発火が起こったときに、山近が所長代理として現場に出向き、一か月にわたり消火に従事したときの様子を描いたものです。

直方市石炭記念館にも多数展示
1972年まで坑内に下っていたという山近は、記録画を描く上で、炭坑の実情が伝わるよう、安全灯の光の当たり方や、道具、服装など細部にもこだわり、写実的に描くことを心がけていました。直方市石炭記念館には、油彩、水彩のほか、スケッチブックに描かれた下絵も展示しています。そこからは、緻密に計算されて描かれてる様子を見てとることができます。
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by nogataartmuseum | 2016-05-14 20:05 | 企画展

展示会場内で、室内楽の演奏会を定期的に開催(有料・かんまーむじーくのおがた主催)しています。
演奏会の詳細は以下のリンクから。
https://www.facebook.com/kanmusi/
開催日は、演奏会用に展示のレイアウトが通常と異なります。
午後から展示会場内でリハーサルを行います。
16:00から演奏会用に沢山の椅子を並べます。
16:30から演奏室内楽定期演奏会開場となります。

今週土曜日(5/12)は室内楽定期演奏会の開催日です。美術館の観覧を計画されている皆様は、早い時間にご覧いただくことをお勧めしたします。リハーサル中もご覧いただけますが、一部展示が見にくくなる場合があります。16:00以降は以降は展示の一部が見られなくなります。

石炭記念館と一緒にご覧になられる場合、この日は、①美術館→②石炭記念館の順番に見ることをおすすめします。

ご迷惑をおかけしますが、なにとぞよろしくお願いいたします。
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by nogataartmuseum | 2016-05-12 14:59 | 企画展


小炭坑の坑道仕操
他4点
島津輝雄
1972(昭和47)年頃
水彩・紙
42.8×61.3cm
鞍手町歴史民俗博物館蔵

飯塚市出身の島津輝雄(1927-1975)氏は、両親について幼い時から坑内に下り、14歳で一人前の坑内作業員として働き始めたといいます。筑豊の炭鉱を十数鉱、転々とし、1961年、新目尾鉱(しんしゃかのおこう・福岡県鞍手郡鞍手町)の閉山を最後に炭鉱を辞めました。
その後、炭鉱が次々と閉山するのを目の当たりにした島津氏は、「炭坑は消え行く」と題した自叙伝を書き、その挿絵として、自らの記憶に基づいた記録画を制作しました。当時の新聞記事によると、自叙伝は原稿用紙四百八十枚におよぶものでした。出版には至らなかったようですが、彼の描いた水彩画と、別の紙に書いた解説が、戦前・戦後の炭鉱の様子を鮮やかに伝えてくれます。
これらの作品の展示は5月15日までの予定です。島津氏の別の作品に入替え予定。
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by nogataartmuseum | 2016-05-08 17:35 | 企画展

顕微鏡等探しています

美術館では、ご家庭や事業所で使用しなくなった

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顕微鏡、カバーガラス、スライドガラス等を、7月からの企画展覧会で使用するため、
無料でお譲りしていただける方を探しております。
(現状として使用可能なものであることの他、倍率等性能は問いません。)

美術館へ電話していただきますと、直方市内の方は引き取りに伺います。
また市外の方は、個別にご相談させていただきます。

連絡先は、直方谷尾美術館 
電話番号0949-22-0038
(受付時間 9:30~17:30/ただし毎週月曜日は休館)

期限は、6月19日(日)までとさせていただきます。

なお、これらの道具を使用する展覧会「街は大きな図書館 手触りのある日々」は、
7月1日(金)~9月19日(月・祝)の期間に開催されます。

どうぞよろしくお願いいたします。
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by nogataartmuseum | 2016-05-06 14:20 | 企画展

炭鉱絵巻
原田大鳳
1938(昭和13)年
絹本着色
24.8×886.5cm
直方市石炭記念館寄託

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筑豊の大手炭鉱である貝島炭鉱で、保安員として防災にあたっていた原田観吾(1901-1973)氏は、1938(昭和13)年、会社の命を受けて、貝島炭鉱大之浦六坑(福岡県宮若市)の様子を描きました。原田氏が貝島で働き始めたのは10代後半から。20代の頃、福岡県飯塚市の画家に師事しました。大鳳(たいほう)という雅号を持ち、特に鯉の絵を得意としていたといいます。
原田氏が描いたのは長さ約9メートルの絵巻物。炭鉱の一日の様子が時系列に沿って描いており、入坑から入浴まで、炭鉱で見られる様々な場面を、連続性を持って見ることができます。最小限の道具立てで丁寧に描かれていて、素朴で上品な味わいを醸し出しています。
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by nogataartmuseum | 2016-05-03 18:23 | 企画展

千田梅二氏の木版画もご覧いただけます。

地下戦線(創刊号、2号、4号) 1953(昭和28)年
サークル村(創刊号) 1958(昭和33)年
上記冊子の表紙となった千田梅二氏の木版画
炭坑仕事唄板画巻 千田梅二 1956(昭和31)年
女坑夫 千田梅二 1956(昭和31)年 木版・紙
すべて田川市美術館蔵

千田梅二(1920-1997)氏。富山県生まれ。千田氏は子どもの頃から、民芸や絵画に関心を持っていました。20歳のときに画家中川一政に師事しましたが、間もなく召集され、中国で終戦を迎えることとなりました。復員後、福岡県遠賀郡水巻町の日炭高松第一坑で採炭夫として働き、そこで後に記録文学作家として知られる上野英信氏と出会います。「労働藝術」、「地下戦線」、「サークル村」など、上野氏が編纂する文芸機関誌の表紙を制作しました。
当時は、戦後の人手不足から、様々なバックグラウンドを持つ人々が炭鉱に流れ込み、日炭高松においては、そうした人々の交流が、文学、文化運動を通じて行われていました。千田梅二氏と上野英信氏の出会いもそんな中で生まれました。
本展に出品している「炭坑仕事唄板画巻」(1956年)は、千田梅二氏が、明治以降、歌い継がれてきた数ある坑内唄からいくつかを選んで板画にしたものです。これは1990年に復刊されています。そこに記された千田によるあとがきから、彼の作品への思いを読み取とることができます。

暗黒の地底でキャップランプの光をたよりに、炭塵で黒く汚れ、汗にまみれて働く坑夫の人々の素朴で善良な生きざまが、私のような新参者の坑夫としての浅い経験からしても、ますます共感と共鳴の土地柄となって行くのであった。昼も夜もなく暗黒の地底で働く坑夫の姿に不思議な魅力が湧き上り、また遠賀川の右に左に聳(そび)えるボタ山は坑夫の血と汗を吸いつくして成長し、日一日と高くなってゆくその姿に、何か十字架のような、尊厳さえ感ずるのであった。
われわれ坑夫たちの血の滲む労働と犠牲によって、人間が作った山である。これらの景観を大事なものとして写生して残しておきたいと思うのであった。~(中略)~
日炭高松で働いていた上野英信さんとの出会いは、私にとっては重要なめぐり合わせであった。『労働藝術』『地下戦線』『せんぷりせんじが笑った!』『ひとくわぼり』と、一緒に仕事をしたことは、闇に輝く光を見、闇によって輝く光を見た思いがする。上野さんと私にとっては、情熱溢れるかけがえのない記念すべき作品が生れたと思う。


ちくネットのHPから千田氏の「女坑夫」をご覧いただけます。
「女坑夫」千田梅二 1956年 木版、紙
西日本新聞朝刊 「美術館モノがたり 筑豊3館収蔵品から」平成28年3月19日(土)掲載分
http://chiku-net.sub.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/1211/
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by nogataartmuseum | 2016-05-03 15:57 | 企画展

2つ目の展示テーマ「炭鉱の現場」のゾーンに展示している作品についていくつかご紹介していきます。
田川市石炭・歴史博物館さんからお借りした「炭坑漫画」は大変見ごたえのある作品です。

「炭坑漫画」
斎藤五百枝
1919(大正8)年
ペン、鉛筆、水彩・紙
171.4×373.4cm(屏風)
田川市石炭・歴史博物館蔵

「月が出た出た月が出た、ヨイヨイ」のフレーズで知られる炭坑節は、かつて三井田川鉱業所があった福岡県田川市が発祥の地だといいます。歌詞の中に歌われている煙突は「二本煙突」と呼ばれ、今もなお町のシンボルとして親しまれています。
石炭産業の盛んな頃は、三井職員らの招きで、中央から多くの文化人が田川を訪れました。幹部職員の社宅があった一角に、かつて「百円坂倶楽部」という来客用の施設があり、文化人らとの社交の場として活用されていたそうです。
「炭坑漫画」の作者、斎藤(さいとう)五百枝(いおえ)氏(1881-1966)は、東京美術学校を卒業後、雑誌「少年倶楽部」の表紙絵を描くなど、一般的には挿絵画家として知られています。彼が田川を訪れたのは1919(大正8)年で、滞在中に見聞したことを文と絵にし、坑内外の様子を「炭坑漫画」21点に、日田や英彦山などを訪ねた折の出来事を「気まぐれ漫画」21点としてまとめました。例えば「炭坑漫画」の中のひとつ、“片盤芸術”には、坑内の安全灯の光に照らされる男女の坑夫が描かれ、その鍛え上げられた肉体や、女坑夫の美しさをロダンやミケランジェロといった西洋の芸術家の名をあげて語っています。中央から訪れた一画家の目に映った炭鉱のイメージを知ることができます。これらは六曲一双の屏風に仕立てられ、百円坂倶楽部の玄関に飾られていました。
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by nogataartmuseum | 2016-05-01 13:15 | 企画展